宮澤賢治 原作

銀 河 鉄 道 の 夜

(イメージ写真のページ)

このページは「銀河鉄道の夜」の一部を
当店店主が今までに撮影した鉄道写真を
使用し、イメージを構成したものです。




するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、
銀河ステーションと云ふ声がしたかと思ふと、いきな
り眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏
賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ
工合。またダイアモンド会社で、ねだんがやすくなら
ないために、わざと獲れないふりをしてかくして置い
た金剛石を、誰かがいきなりひっくりかへしてばら撒
いたといふ風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジ
ョバンニは思はず何べんも眼を擦ってしまひました。




気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗ってゐる小さな列車が走りつづけてゐ
たのでした。ほんたうにジョバンニは、夜の軽便鉄道
の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外
を見ながら、坐ってゐたのです。車室の中は、青い天
鵞絨を張った腰掛けが、まるでがら明きで、向ふの鼠
いろのワニスを塗った壁には、真鍮の大きなぼたんが
二つ光ってゐるのでした。




汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラッ
トホームの一列の電灯が、うつくしく規則正しくあ
らはれ、それがだんだん大きくなってひろがって、
二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てと
まりました。
    (………中略………)
 そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河
原に来ました。
 カンパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌
にひろげ、指できしきしさせながら、夢のやうに云
ってゐるのでした。
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えてゐ
る。」
    (………中略………)
 ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手を
ひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、
水素よりももっとすきとほってゐたのです。それで
もたしかに流れてゐたことは、二人の手首の、水に
ひたったとこが、少し銀いろに浮いたやうに見え、
その手首にぶつかってできた波は、うつくしい燐光
をあげて、ちらちらと燃えるやうに見えたのでもわ
かりました。



大阪府枚方市・清水 治 氏撮影

そのとき汽車はだんだんしづかになっていくつかの
シグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にと
まりました。
 その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示し
その振子は風もなくなり汽車もうごかずしづかなし
づかな野原の中にカチッカチッと正しく時を刻んで
行くのでした。
 そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠
くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律が糸の
やうに流れて来るのでした。「新世界交響楽だわ」
姉がひとりごとのやうにこっちを見ながらそっと云
ひました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高い青
年も誰もみんなやさしい夢を見てゐるのでした。



(当店店主が37年前に制作した影絵)