◆1999年頃◆
「新世界」は今、大阪で一番注目を浴びているスポットでは
ないだろうか? 串カツ屋、大衆酒場、パチンコ屋、碁会所
などが並ぶ一帯は、大阪以外に住む人たちにとって
ディープな、ある種独特の場所として目に映る。
酒を一人で2本飲めば、もう1本タダになる立ち呑み屋、
2000円もあれば、1時間くらい楽しめるパチンコ屋、
家族連れで行列の出来る串カツ屋などが混在する。
そんな新世界の夜景や、昔の風景をご紹介します。
通天閣とづぼらやのふぐ看板は、 新世界の象徴である。 この2つのどちらが欠けても、 「新世界」とはいえない。 (ほんまかいな) (1964年の通天閣へ) |
新世界への足の一つ、 阪堺電気軌道の チンチン電車 (写真は南霞町駅。JR 環状線「新今宮」駅と 連絡) |
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串カツ屋、立ち呑み屋、碁会所など がならぶジャンジャン町。アーケード が出来て明るくなった。 (1964年のジャンジャン町へ) |
ジャンジャン町にある 大衆食堂。 招き猫の大群の中で 食品サンプルが 小さくなっている。 (この食堂は今はない) |
写真の右手に見える パチンコ「ニュー三共」では 最近までハンドル式の パチンコ台があった。 今も「オール10」の台で 2000円あれば、私でも 1時間くらいは遊べる。 近くにスマートボールの 店もある。 (写真左の富士会館も今はない) |
遊園地と大温泉がいっしょになった施設、フェスティバルゲート。新世界の新しい顔である。大阪では「フェスゲ」と略して呼ぶ。 ひらかたパークは「ひらパー」、関西国際空港は「かんくう」と、大阪人は何でも略すのが好きだ。では、「きんぴら・卵焼き定食」はどうなるのだろうか? |
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